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2019.06.10

城芸人・オンリーラグーン高橋とゆく、江戸城!

オンリーラグーン 歴史 江戸 皇居

オンリーラグーン高橋氏ガイドの元、チーズスタッフが江戸城跡に潜入!さすがは芸人、話を聞くうちにどんどん、江戸城の魅力に引き込まれていきました。

「関東武士は他の地域の人からしたら、『関東出身?へー』くらいの扱いだった。どっちかというと西の方が強かった。でも、徳川家康が江戸のイメージを作ったんですよね。その力の象徴がこの江戸城だったんです」

「もともとの江戸城は今よりもっと大きいんです。外濠通りとか今もありますもんね。門、関・・・・霞ヶ関、虎ノ門、見附、の名前がつく場所も、元々江戸城でした。今は内濠しかないので、小さくなっているけど、それでもこの大きさがあるってことは、すごい事ですよ。」

「江戸城は一回も戦火にまきこまれてないんすけど、実際戦火にまきこまれたとしても絶対に落ちないだろうと言われてるんですよね。心折れなければ。」

石濠ひとつとってもそれが分かるそうです。

「ここにある濠は綺麗すぎるものから石のサイズがまばらなものまで様々ある。奥に見えるでこぼこの石も、ちゃんとハマるように、頭よく作ってるんすよ。隙間なくきれいに積んでいるものは、ピタッっとなっているから登れないし、苔が増すほどすべりますからね。ただ、あまり高く積めないというデメリットもあって。野面積みというゴチャゴチャっとしている石を使用しているほうが、高く積めるんです。様々な石濠があるのは、修復を繰り返したからというのもありますが、用途に応じてチョイスしているんでしょうね。」

歩っていると、道袖にポツンと濠に使われるであろう大きさの石が。

「濠は外して、積み直すんですけど、新しい石を使うじゃないですか。そうすると組み合わさらない石がでてくるんです。たぶんね彼は、はみ出した石だと思うんですよ、、、かなり貴重なパワーストーンです笑。今のうちにさわっておいたほうがいいですよ。しかし江戸城はこんなに石垣ありますけど、かなり苦労したと思いますよ。関東では石垣とれなかったですからね。」

そうこうしているうちに、大きな庭が。

「ここは本丸があった場所です。今本丸御殿(住居スペース)は川越に移築されている。川越は小江戸と呼ばれてるでしょ?だからそう呼ばれてるってのもあるんですよね。」
天守台が見えきました。ちなみに今の江戸城は、天守台のみ残っているようです。

「だいたい天守に住むことはなかったんす。ただの避雷針みたいな笑、、、。いや、シンボルっす。権威の象徴。」

「経済を発展させながら、お城を民の目につく場所に配置する。山に作るんじゃなくて、まわりを掘ってみたりとか、要は攻めにくくすればいいんじゃないってことで、平城ができた。江戸城はそれです。守るという意味で大きいのは大事だけれども、それより時代がまとまりつつ中で、権威付けの意味合いに変わっていって、最終的には防御力よりも、どれだけ立派な城があるかということで、江戸城が生まれたんです。」

一通り江戸城跡を回遊し平川門前にでました。そこでスタッフから意外と道がくねっていたねという声が。

「門、パーンとあいたら必ず角があって、一個曲がってはいるんすけど、L時型の枡形門っていう。いったら奇襲組を閉じ込めるんす、でボコボコにする。」

「追い込まれるじゃないすか、まてーつって。で、T時路になると、基本的に右利きは左手に走るんです、でボコボコにする。敵には容赦しないドSさも、この城の魅力ですね。」

最後は毒っけのあるコメントでこの回遊をしめてくれました。

権力の象徴とアイデアの詰まった江戸城。ここは、江戸時代が300年も続いていた理由が随所に込められている場所でした。

オンリーラグーン高橋氏のガイドを受けてみたいと思った方は、ぜひコンタクトをとってみてください!

 

オンリーラグーン 高橋 晃平  (twitter@koheitaka)
1987年群馬県生まれ。NSC東京17期生。株式会社プリュ所属。お笑いライブに出る傍ら自らも主催。また舞台俳優・YouTuberとしても活躍。
日本城郭検定3級不動産屋に「家賃5万でお城空いてないですかね?」ときいて困らせたことがある。

written by
seiya

せいや

【好き:ダンス・タップ・群馬】
桐生出身のキーパーソン。
親しみやすくて、仲間思い。